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2年間就活しても内定をもらえなかった私を認めてくれたTABIPPOという会社

私、TABIPPOインターンの戸口実花は、3月31日をもってTABIPPOを卒業いたしました。1年半をメディア事業部で、そして半年をプロダクト事業部に在籍した計2年間。本当にびっくりするくらいあっという間でした。

たかが学生が「卒業します」なんてご報告、びっくりするくらいどうでもいい話だと思います。意識高い学生が自分語りに浸るような記事、読んでもつまらないかもしれません。

そして、そのたかが学生の私は、文系女子で何も取り柄もなく、表題の通り2年間の就活を経ても内定が出ないという、本当に使えない人間です。

でも、そんなわたしを、TABIPPOという会社は2年という長い間見守り続け、ここまで成長させてくれました。感謝なんてしてもしてもしきれませんが、少しでも一緒に過ごしてきたTABIPPOメンバーを始め、ライターの方々、いろは出版の方々、取材でお世話になった方々へ、わたしが抱く感謝の気持ちを伝える機会になれば、と思っています。

TABIPPO入社への道のり

入社前、わたしは学生団体で旅好き女子に向けたフリーペーパーを作っていました。その延長から「旅を広める活動を続けたい」という漠然とした思いでTABIPPOインターンに応募。

面接の日、朝まで飲んでいたせいで面接はドタキャン。本当に使えない、最悪な学生です。今回初めて言ったので、この記事で当時の事実を知るメンバーがほとんどだと思います。ごめんなさい。クビにするなら今です。

そのとき「リスケします」ってしみなおさんに言われてから、2ヶ月間連絡こなくて「あ、終わったー」って思ってたところにふと連絡が来て、入社が決まりました。

S__30621700初めての飲み会。デザイナーのななが、初日に買ってきたばかりのMacを箱ごとデスクにどーん!と置いて「使い方わかんないです!!」って言ってたの、忘れないよ。ドン引きだったから。

なんの能力もなく、泣いていただけの2年前

「んで、なにがやりたいの?」

メディア事業部に配属され、まず最初にるいすさんから聞かれた言葉です。当時「何ができるのかわかんないけど、まあ何かしら教えてもらえるだろう」と、生半可にも生半可すぎる気持ちで入社した私は、何も答えることができませんでした。

会社は、学校じゃない。そんな当たり前のことすら理解していなかった私は、るいすさんにそう聞かれたとき、あまりにも自分が恥ずかしくてその場で泣き出してしまったことは今でも鮮明に覚えています。

受け身ではなく、自ら役割を作り上げなければ存在する意義なんて一切ないのに、私の脳みそは義務教育と仕事の決定的な違いをごちゃまぜにしてました。本当、使えない人間です。
IMG_4353初めての合宿のとき。初日から大寝坊をかましました。

就活、そして挫折

入社したのが1月。3月からは就職活動が始まり、新聞社一本でいこうと決めた5月からは試験勉強に専念するため、しばらくお休みすることになりました。勝手に入ってきて勝手に泣いて、挙句就活で休みますって本当典型的に使えない学生です。クビにしてください。

結果からいうと、就活は失敗。学生団体やインターン、ボランティアに旅…と意識高い学生の代名詞だったわたしがここまで築き上げてきた「自分できる子」像は、ボロボロと崩れ去っていきました。

死ぬほど自分が恥ずかしかった

人生、初めての挫折です。就職留年を決意するも、大手に就職していく友人に対する引け目から3ヶ月以上友人からの連絡をずっと返さない日々が続きました。まじでそれまでどんだけ自分に自信あったんだよ、って本当に気持ち悪いです。クビになれ。

そして私が仕事復帰するのと同時にインターン生が3人抜けて、3人分の仕事が降りかかります。わたしの人生氷河期のはじまりです。60名のライターさんを相手に連絡にするのは、本気で辛かった。この恩はどっかで返してもらうよ、かめちゃんじょにー、けいちゃん。そして、私が担当していたライターの方々、こんな私が相手で本当にごめんなさい。

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(いつも就活失敗した人に「別に死ぬわけじゃないんだから」とかいう人いますけど、就活の辛さは否応無く他人と能力を比べられることです。「私はあの人より社会に必要とされてないんだ」って何回も、何回も、感じさせられるわけです。別にあの会社に入れなくても、生きていけるのはわかります。でも就活の間に知り合ったあの人やこの人は受かっていくのに、私だけ取り残されていくあの焦燥感こそが、就活の辛さです。)

休学してからは、とにかく必死に編集者として働きました。時に海外にいるライターさんと電話をしながら、時に朝までライターさんと飲み明かしながら、編集者や学生という役割を越えて、仲良くしてもらえるために必死でした。あのとき一緒に苦悩を乗り越えてくれたライターさんとは、今後もたくさんお酒をかわす仲になれたと思っています。

半年前からは、プロダクト事業部に異動して、PAS-POLの商品PRや書籍の制作の担当へ。メディアとはまた違う仕事内容に戸惑いながらも「ひとり旅完全ガイド」という初めて制作に携わった書籍がついに世に出たときは、全力で力を貸してくださった出版社の方々への感謝の気持ちは言葉に尽くせないほどでした。1年前まで何もできなかった学生が書籍の制作者になれるなんて、この会社にいなければ絶対に成し得なかったことです。あの本は棺桶に入れてもらいます。

TABIPPOは私をずっと受け入れてくれた

使えない学生が就活に失敗して、まあ社会的には「ざまあみろ」って感じだし、調子こいてきた自分を省みる良い機会になったからもはや感謝しろよって感じなんですが、TABIPPOメンバーは当たり前のように私を受け入れてくれました。就活だけじゃなくて、仕事もうまくこなせず、とにかくがむしゃらにしか生きられない私を、否定する人はいませんでした。

やってみたいなら、やってみなよ。と、TABIPPOのメンバーはいつも言ってくれます。それが、何もできない学生が相手でも。それが、どれだけ私にとって有り難かったのか。クビにするべきタイミングは腐るほどあったのに。いつも私の生き方を認めてくれるTABIPPOの寛大さは、どんな大海原よりも広く、偉大です。

就活でけちょんけちょんにされた自信は、そんな大海原なTABIPPOのみんなと働くことによって、自分の失敗や弱さと向き合えるようになり、少しずつ取り戻せるようになりました。

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あのとき、ずっと「こんな自分じゃなかった」「こんな人生送るはずじゃなかった」って思っていた私。でも、ようやく「こんな自分でもいいんだ」って思えるようになったのは、TABIPPOのみんなが自分の信じる人生を生きて、楽しそうに仕事をしている姿を見れたからです。

もちろんメンバーだけじゃなく、ライターの方々はもちろんインタビューをさせていただいた方、いろは出版の方、ライツ社の方、本当にたくさんの方々の生き方に、20歳から23歳になるあいだに触れられたことは、一生の糧になると思っています。みなさんには本当に、感謝してもしきれません。

あと、就活で失敗して連絡を取れなかった私と今でも仲良くしてくれる友達のみんな、ずっと支え続けてくれた、そしてこのサムネイルの写真を撮ってくれた仏陀のように優しい彼も、本当にありがとう。

お世話になった皆さんには、これから少しずつ恩をお返ししていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。

TABIPPOとのこれから

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わたしは、オウンドメディアの制作会社に編集者として入社します。記者にはなれませんでしたが、編集者として文字を書く仕事に就けるのは、本当にありがたい限りです。そして、TABIPPOのことや、就活のこと、へそが曲がった私の性格すべてを理解してくれている、アルプス山脈よりも壮大な心を持った会社で働けることは、もっとありがたい限りです。

なおTABIPPOとは、これからもライターとして関わっていく予定です。だから、さようならじゃありません。しかも公開できてない記事がまだあるので、全然さようならじゃありません。まだまだお世話になります。

まだまだ道半ばの未熟な私ですが、いつかでっっかくなってTABIPPOの社長と編集長の座を奪う日まで、そして棺桶に「ひとり旅完全ガイド」を入れる日まで、全力で恥をかきながら生きていきます。本当に、ありがとうございました。

p.s サムネイルの花束は撮影用に自分で買いました。